お盆の手土産に、思い出まで連れて帰る甘栗を

お盆の手土産、今年は何にしよう。
毎年のことなのに、意外と悩みますよね。
あまりかしこまりすぎず、みんなで気軽に食べられて、子どもから大人まで楽しめるもの。
そんな手土産を探しているときに、木守庵の甘栗を思い出してもらえたらうれしいです。
甘栗の袋を開けたときの、あの甘い香り。
一粒手に取って、皮をむきながら眺めていると、ふと昔のことを思い出すことがあります。
「ばあちゃん、甘栗が好きだったな」
実家の居間で、テレビを見ながら食べていた姿。
栗の皮をきれいにむいて、隣にいた自分へ渡してくれたこと。
そんな、ずっと忘れていた何気ない場面が、不思議とよみがえってきます。
甘栗は、特別な日のための豪華なお菓子ではないかもしれません。
でも、だからこそ昔から家族のそばにあって、誰かとの思い出の中に、そっと残っているのだと思います。
お盆に久しぶりの実家へ帰って、冷たい麦茶を飲みながら、みんなで甘栗の皮をむく。
「昔、よく食べたよね」
「おばあちゃんが好きだったよね」
「これ、もう一個もらっていい?」
そんな話をしながら、いつの間にか袋の中が少なくなっていく。
甘栗を食べているだけなのに、今の話と昔の話が自然につながっていく。
それが、家族で食べる甘栗のよさなのかもしれません。
木守庵でも、夏に甘栗を手に取ってくださる方を見ていると、
「帰省するときに持っていきます」
「親が好きなので」
「家族が集まるから、みんなで食べようと思って」
そんなふうに言っていただくことがあります。
甘栗は秋や冬のイメージが強いかもしれませんが、暑い夏に、よく冷えた麦茶や緑茶と一緒に食べるのも、なかなかいいものです。
切り分ける必要もなく、お皿やフォークを用意する必要もありません。
袋を開けて、テーブルの真ん中に置くだけ。
誰かが一粒手に取ると、つられるように隣の人も手を伸ばす。
そうして甘栗のまわりに人が集まり、自然と話が始まります。
久しぶりに会った家族に、何を話せばいいのか少し照れくさいときも、甘栗があると、ちょうどいい間が生まれるような気がします。
立派すぎる手土産ではないから、渡す側も受け取る側も気を遣いすぎない。
「みんなで食べようと思って」
そんなひと言と一緒に、気軽に渡せるのも甘栗のよいところです。
今年のお盆は、木守庵の甘栗を手土産に。
甘い栗の味と一緒に、懐かしい人や昔の風景を思い出す。
そんな、ゆっくりとした夏の時間を、ご家族みなさんで楽しんでいただけたらうれしいです。


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